心に残っていること4

短答の合格発表でしたね。去年悶々と合格発表までの期間を過ごしたことを思い出します。点数さえ取れていれば雑音は気にならないのですが。

最初に短答に合格した年も発表の日まで論文の勉強をしていなかったので、私は敢えて論文試験がんばってとかいうことは申しません。ただ、どんなに対策をしてこなかったとしても試験は受けに行くべきだと思います。自ら貴重な権利を捨てる必要はないです。あの独特な雰囲気を味わいましょう。

 

その4.攻めの答案、守りの答案

答練の模範解答で見かけたりしました。言わんとしていることは分かりますが、受験生に向かって使ってほしくないです。本試験的にはヤマが当たって何を書いたらよいかすぐに分かる場合は記載内容を充実させてそれが攻めの答案になり、少し対策が手薄で最低限のことしか書けない場合は守りの答案になるのでしょう。

というかやっぱり意味が分かりません。どういうシチュエーションであっても勝ちにいく答案を書く気概は必要です。最低限の内容だからといって守りになるのでしょうか。無駄なことを削ってキーワードを効果的に散りばめる答案だって攻めの答案になり得ないのでしょうか。受験生としては攻めているか守っているかというよりは、何を書くと必要十分なのかの勘所が知りたいはずです。

論文試験は確かに山場であり、天王山なのかもしれませんがストーリーを仕立て上げようとしている予備校の思惑が見えてくるようです。ですが、ストーリーが必要なのは答案の起承転結くらいであって、論文試験はこれでいいのかというくらいシンプルな内容でも合格点に達する印象をもっています。結局は基本的な事項が何よりも重要です。

例えば、答練でもどんなシーンでもいいのですが、時間はあと5分しかない、だけどまだ未回答の問題が1問残っている、この場合どうしますか。ちなみに論文試験では最後の「以上」の締めを書いていないと未完成回答と見なされてそれだけでかなり心証が悪いと聞きます。この場合、慌てて何もできませんか、諦めて座して待つ状態ですか、途中で終わってもいいから充実した回答を書きますか、全部間違っています。もし効果的な回答のポイントがパッと思い浮かぶようであれば、最低限の内容でも回答を完結させるのが正しいです。それが本来ならその問題に対する攻めになると思います。模範解答は攻めているか守っているかはどうでもよくて、どんなに慌てていても最低限のポイントが思い浮かぶ手助けとなるような情報を提供するものであってほしいです。