決戦前夜

明日は論文試験ですね。雨の予報になっていますが、暑いよりはましかなと思います。受ける方は日頃の成果を発揮していただきたいところです。

 

予想とか大それたことはできるわけもありませんので、試験後の気持ちのもっていき方について述べます。

明日は死力を尽くすことでしょうから直後はかなり疲れることになるかと思います。私も一昨年の受験直後は致命的なミスはなかったと思っていたのですが、細かい論点漏れに気づいたりしてそれが減点になるか否かが気になってその日は眠れなかった記憶があります。免除切れの年で背水の陣のつもりだったので、本当に必死でした。結果は合格だったもののギリギリだったのではと予想しています。

しかし、一週間もすれば試験直後の不安や興奮は収まります。苦しいのはそこから結果待ちの3ヶ月かもしれません。ここで口述の準備をすぐに始めるべきとか言うつもりは毛頭ありません。私も論文に合格した年は一応口述対策で講座はとっていたものの身が入らず、本格的に取り組んだのは結局合格発表後でした。私はそういう結果はどうあれ次の準備をする試験の取り組み方ができないのだと実感しています。実際私のような方は多いかもしれません。

ここで陥ってほしくないのが、合格するのが善で不合格だったら悪という考え方です。確かに合格という結果は次の口述試験に進めること、先2年の論文試験免除が得られることが大きいのですが、論文試験の対策が成功していたことも同時に証明されます。ですが、不合格の場合、それは悪でしょうか。論文試験の対策が徹頭徹尾間違っているといえるでしょうか。全部を間違っていたのではなく、何かをかけ違っているだけでその部分を改善してやればよい場合が大半です。そのかけ違いの部分を正確に特定できればできるほど、次回の合格につながったりするわけですが。まあこれは試験対策の面からであって、もっと一般的には、知的財産法に興味をもち、勉強方法を自分なりにカスタマイズして、何より試験日までいろいろな場面で節制して、試験時間の最後までやりきったという、信じられないほどの苦難を乗り越えたという見方もできます。それは今年の方が去年よりも自分のレベルが上がったというような解釈はできないでしょうか。

この試験は受験する人数が減りつつありますが、やはり全体の8割くらいは落ちてしまいます。不合格だった場合に何らか自分の中でそれに折り合いをつけて代謝していく必要があります。それを全部が失敗だったと捉えるのではなく、少しでも自分の見識が広くなったのだと考えられるなら、次回もチャレンジするかしないかは分かりませんが、気持ちよく次に進めると思いませんか。